大阪高等裁判所 昭和37年(う)930号 判決 1963年9月06日
控訴人 検察官・被告人
被告人 金長沢 外一一名
検察官 長木肇 石岡敏夫
主文
原判決中被告人金長沢、同園、同折阪に関する部分を破棄する。
被告人金長沢を懲役三年に、同園を懲役二年に、同折阪を懲役一年六月に各処する。
被告人金長沢、同折阪に対し、原審における未決勾留日数全部を、同園に対し同日数中より四日を控除した日数を右各本刑に算入する。
被告人折阪に対し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用中鑑定人大村得三、同松倉豊治、証人永松武文、同佐々木千秋、同伊坪正治に支給した分は被告人金長沢、同園、同折阪の連帯負担とし、証人橋本渉、同横路克則、同大阪貞雄、同森庄治郎に支給した分は被告人金長沢の負担とする。
その余の本件各控訴はいずれもこれを棄却する。
理由
検察官の控訴の趣意は検察官志賀親雄の提出に係る検察官片岡平太名義の、被告人申の控訴の趣意は同被告人の弁護人鍋島友三郎及び森島忠三名義の、被告人金長沢の控訴の趣意は同被告人及び同被告人の弁護人服部恭敬、森島忠三名義の、被告人咸秀之の控訴の趣意は同被告人及び同被告人の弁護人森島忠三名義の、被告人咸寿鳳の控訴の趣意は同被告人の弁護人中野留吉及び森島忠三名義の、被告人園の控訴の趣意は同被告人の弁護人中野留吉名義の、被告人金東吉、同吉田の各控訴の趣意は同被告人ら両名の弁護人森島忠三名義の各控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。
検察官の控訴趣意中事実誤認の主張について
(一) 殺人の公訴事実を原審が傷害致死と認定した点について
よつて記録を精査するに、(一) 被告人申らが松尾組事務所を襲つたのは、組長の松尾繁を生捕りにして謝罪させようと謀つたもので当初から同人及び松尾組側の者を殺害する目的で同事務所を襲撃したものではないことは、原審で取り調べた関係各証拠によつて認められる次の事実すなわち同被告人らが松尾組事務所を襲撃した際松尾組側の者(河茂声、脇田良一、平山昭洋等)に対し、いずれも親分を出せと叫んで松尾繁の所在を追及しており、しかもこれらの者に対し暴行脅迫を加える程度に止まつていることや、襲撃の際の指揮者であつた被告人申が出発に際し被告人金長沢、森らに対し絶対に射つてはいかん、それでおどかせといつている事実によつて明らかであること、(二) 被告人申、同金長沢、同咸秀之、同咸寿鳳、同園、同寺島、同前川、同中務、同折阪の検察官に対する各供述調書によれば、若し相手方が反撃してくれば乱斗となり、相手方に死傷の結果を生ずるであろうことを予見していた旨の記載があるが、松尾繁の司法警察職員に対する供述調書の記載によると警察官より喧嘩が大きくなるから応援に集つた者は引き揚げよという注意を受けたので襲撃を受けた当時松尾組事務所には十人位しか残つておらず、兇器の準備も十分でなかつたことが認められ被告人申らの襲撃を受けるや松尾繁を先頭に一斉に逃散し、一人として武器をもつて抵抗したものがなかつたこと、(三) 被告人申が佐藤忠を射殺したのは、同人が逃げ込もうとした納屋の中に人の気配があつたので、反撃してくるものと錯覚し同人らを威嚇して反撃を封じようとしたためであるが、納屋に逃げ込んだ者が反撃に転ずる気配は全くなかつたのであり、被告人申以外の被告人らは被告人申の行動を意外に思い、被告人園のごときは被告人申にいらんことをしなさるなといつていることが証拠上明らかであること、(四) 検察官は被告人咸秀之が納屋のわらの中にかくれている者はいないかと日本刀で突き刺して廻つたと主張し、鹿毛光雄の司法警察職員に対する供述調書には右主張に添う供述記載があるが、被告人咸秀之の各供述調書には同人が犯行を自白しているのにかかわらず右の事実を認めた記載がなく、鹿毛と共に納屋に隠れていて当時の模様を詳細に述べている金沢昭士の司法警察職員に対する供述調書にもこの点を肯認するに足る記載がないところよりみると、鹿毛の前記調書の記載はたやすく信を措くことができないこと等の諸事実に徴すると、被告人金長沢、同咸秀之、同咸寿鳳、同園、同寺嶋、同前川、同中務、同折阪が被告人申と共謀して佐藤忠を殺害したと認定することは困難であり、原判決が被告人申を除く被告人金長沢らの所為を傷害致死と認定したのは相当である。検察官のこの点に関する所論は理由がない。
(二) 被告人折阪に対する銃砲刀剣類等所持取締法違反の公訴事実につき原審が無罪とした点について
よつて当審における事実取調の結果を参酌して記録を精査するに、原判決(昭和三七年二月一四日宣告の分)は被告人折阪が業務その他正当な理由がないのに昭和三五年五月二七日枚方市中宮四一九八番地松尾繁方において、あいくち類似の刃物である刃渡り一三センチの白鞘付き小刀一本を携帯していたとの公訴事実につき犯罪の証明がないという理由で無罪の言渡をしているのであるが、同被告人の司法警察職員に対する昭和三五年七月五日、同月七日付各供述調書及び検察官に対する同月一四日付供述調書によれば、同被告人は、松尾繁方を襲撃した際小刀(切出ナイフ)一本(昭和三七年当庁押第二八〇号の八)を所持していた旨自白しており、右の自白は相被告人前川の検察官に対する同年八月一〇日付供述調書中同被告人の供述として右の小刀(切出ナイフ)は私所有のもので、殴り込みのとき、私が車の中で被告人折阪に渡して持たしていたものである旨の記載、相被告人寺嶋の検察官に対する同年六月一六日付供述調書中同被告人の供述として逃げる途中折阪が内ぶところから切出ナイフを見せ、これをもつて行つたといつていた旨の記載によつて裏付けられ、被告人折阪の自白は信用に値するものといわなければならない。原審が犯罪の証明がないとして被告人折阪に対し無罪の言渡をしたのは証拠の価値判断を誤つて事実を誤認したものであり、右の誤は、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決中同被告人に関する部分は破棄を免れない。
(三) 被告人尹に対する公務執行妨害の公訴事実につき、原審が同被告人に対し無罪を言い渡した点について
所論は要するに、原判決(昭和三七年二月一四日宣告の分)は被告人金長沢において警ら係巡査横路克則の顔面を殴打して暴行を加えた事実は認められるが被告人尹がこの点につき共謀したという証拠がないとして無罪の言渡をしているのであるが、横路克則の証言によると、相被告人金長沢が自動車に乗つたまま、同証人の顔面を殴打し、次に降車して同証人の襟首を掴むまでの間に被告人尹は同証人の左肩を強く引いて暴行を加えたものであるから暴行についての共謀関係が成立するというのである。よつて当審における事実取調の結果を参酌しつつ記録を精査するに、被告人金長沢、同尹の行動を終始見ていた自動車の運転手橋本渉の証言、横路巡査と共に自動車検問に従事していた森庄治郎の証言、被告人尹の司法警察職員に対する各供述調書によれば、被告人尹が警察官に対し暴行を加えたのは横路巡査及び応援にかけつけた森、大阪巡査らが、被告人金長沢を横路巡査に対する公務執行妨害の現行犯人と認めて逮捕行為に着手した後のことであるとも認められるのであつて、横路巡査らが被告人金長沢の逮捕行為に着手する以前に同巡査に暴行を加えたものであるかどうか甚だ疑わしく、しかも同巡査は原審公判廷において弁護人の問に対し、暴力をふるつたとはいえない程度であると証言しているところよりみると、被告人尹が同巡査の肩に手をかけたとしても、それが暴行といえる程度の強いものであつたかどうかという点にも疑を生ずるのであつて、原審で取り調べた関係証拠を逐一検討してみても、検察官所論のように、被告人尹が被告人金長沢と共謀して横踏巡査に暴行を加えたという心証を形成することは困難である。原審が被告人尹について犯罪の証明がないと判断したのは相当でありこの点に関する検察官の論旨は理由がない。
検察官の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について
よつて考察を加えると、訴因の追加が許されるのは公訴事実の同一性を害しない場合に限られることは刑事訴訟法第三一二条の規定により明らかなところである。さて本件について検察官の追加請求をした訴因が、被告人尹に対する公務執行妨害の公訴事実との間に同一性を認めうるか否かを検討すると、本来の訴因は起訴状によると被告人尹と共謀して、自動車検問を実施中の横路克則巡査の顔面を殴打する等の暴行を加えて同巡査の職務の執行を妨害したというにあり、追加請求した訴因は訴因追加申請書によると相被告人金長沢が巡査部長森庄治郎、巡査中川豊他四名位より公務執行妨害の現行犯人として逮捕されんとした時右森巡査部長の左拇指を逆に曲げ、中川巡査の襟首を掴む等の暴行を加え、もつて右警察官等の職務の執行を妨害したものというのであつて、暴行を受けた被害者を異にするばかりか、妨害された職務の内容も異なつていることが明らかである。従つて所論の如く犯行の場所が同一で時刻が接着しているとしても公訴事実を異にするものと解するのが相当であり、原審が訴因の追加を許可しなかつた点に何ら訴訟手続の違背はない。論旨は採用できない。
被告人金長沢の控訴趣意中事実誤認の主張、検察官の控訴趣意中法令の解釈適用を誤つた旨の主張について
よつて案ずるに、橋本渉、森庄治郎、大阪貞雄、浜田不美男の原審公判廷における各証言、横路克則の原審及び当審における各証言、西川武男の当審における証言を綜合すれば、原判決(昭和三七年二月二八日宣告の分)が被告人金長沢に対して公務執行妨害罪を認めなかつた理由のうちにおいて証拠によつて認定したと同一の事実を認定することができる。現場にいて犯行の模様を目撃していた橋本渉運転手は被告人金長沢が警察官(横路克則)の肩か顔の辺を突いたと証言して、横路克則の証言の信憑性を裏付けており、同証人が被告人金長沢より暴行を受けた点についてことさらに虚偽の供述をしているという疑はない。従つて被告人金長沢が何ら暴行を加えていないという弁護人の所論は採用できないが、これが検察官所論の如く職務執行中の警察官に加えられたものとして公務執行妨害罪を構成するか否かはさらに検討を必要とする。
原判決は横路克則巡査の行なつた本件自動車の検問は警察官職務執行法(以下警職法と略称する)第二条第一項の要件を欠く違法な職務執行であるから、被告人金長沢が同巡査に暴行を加えたことによつて公務執行妨害罪は成立しないと判示する。
よつて先ず一般的に自動車検問が適法か否かについて考察を加えると当審における事実取調の結果を参酌して記録を精査するに、いわゆる自動車検問の実態は警察官が自動車盗犯その他重要な犯罪の予防、検挙のため、一般通行中の自動車を停車させて、運転者に対し、更に必要な場合には乗客に対し必要な二、三の質問をすることをいい、警察内部の訓令、通達等によつて一つの制度的なものとして行われていることは原判示のとおりである。
さて警職法第二条第一項をみると警察官は異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができると規定している。一般の歩行者であれば警察官はその挙動、態度を注視することによつて、同条の職務質問の要件の存否を判断することができるが、高速度で疾走する自動車に乗車している者に対しては停車しなければ職務質問の要件の存否の判断をすることはもとよりかりに自動車に乗車している者に職務質問の要件を具えた者がいたとしても職務質問を行うことは事実上不可能である。そもそも同条の職務質問は、かかる高速度の交通機関を利用する者に対しては行わないという前提のもとに立法されたものであろうか。警察官に職務質問の権限を認めた理由は同条に定める要件の存する場合、警察官が質問をしてその疑念をはらし、或は犯罪捜査又は犯罪防止の手段を講じる手掛りを得させようとするにあり、それが公共の安全と秩序を維持するために必要であると考えられているからである。しかるに文明の発達と共に自動車を犯罪の手段または隠蔽の方法として利用する者が(以下単に自動車を利用する犯罪という)激増する事態を招き、高速度交通機関を利用する者に対しても同条一項の要件をみたす限り警察官の職務質問の権限を認むべき実質的理由があるのである。しかも同条第一項は相当な理由のある者、知つていると認められる者とのみ規定し、職務質問の対象となる者について自動車を利用する者を除外するものでないことは文理上からも明らかである。従つて、自動車を利用する者に対しても同条第一項は警察官に対し職務質問の権限を与えているものと解すべきであり、徐行しているオープンカーの如き場合を除き職務質問の要件の存否を確認するため自動車利用者に停車を求める権限をも合わせて与えたものといわなければならない。さらに運転者や乗客に職務質問の前提要件の存否を確かめるため二、三の質問をすることも相手方の任意の応答を期待できる限度において許容されていると解するのが妥当である。しかしながら自動車の停車を求める権限が無制限のものとは到底考えられない。
先ず第一に同条の職務質問が強制力を伴わない任意の手段であることを考えると、その前提として認められる自動車の停止を求める行為もまた任意の手段でなければならないから、道路に障碍物を置く等の物理的に停車を強制する方法によることは許されない。
第二に、犯罪を犯し、若しくは犯そうとしている者が自動車を利用しているという蓋然性のある場合でなければならない。警職法第二条は犯罪を犯し若しくは犯そうとしていると疑うに足る相当な理由のあることを職務質問の要件としている。人権擁護の見地から職務質問のできる場合を制限したものである。職務質問の前提として自動車の停止を求め得る場合は、人権擁護の見地から職務質問の要件に準じ、犯罪を犯し、若しくは犯そうとしている者が自動車を利用しているという蓋然性のあるときに限定するのが相当である。この蓋然性は警察官が主観的に思料したのみでは足らず、客観性を持たなければならない。例えばある種の重要犯罪が発生し、犯人が自動車を利用して逃走したが、その自動車を特定し得ないような場合(特定し得れば、現行犯人と認めうるか、すくなくとも緊急逮捕の要件を具備している場合が多いであろうから強制的に自動車を停止させ、犯人を逮捕することができることとなるが、これは警職法第二条の前提としての自動車検問の問題ではない)犯人が利用したと思われる種類の自動車に対しては自動車検問が許される。ある種の自動車を利用する重要犯罪が続発し、将来においても同種犯罪の発生の蓋然性の高いときも同様である。
第三に、自動車の停止を求めることが公共の安全と秩序の維持のために自動車利用者の自由を制限しても已むを得ないものとして是認される場合でなければならない。職務質問の要件の存否を確認するため停車を求め得るものとすれば、当然職務質問を受ける対象者に該当しない者に対しても停車を求めることとなり、これらの者の行動の自由を制限するばかりでなく、これらの者が常に自動車の停止に同意を与えているとは限らないい。停止している時間が短時間であつても、先を急いでいる搭乗者のうちには自動車の停止を求められることを迷惑と感ずる者もあろうし、停止を求められた者のうち職務質問を受ける対象者に該当しない者の数の方が大部分を占めるであろうということも考慮しなければならない。自動車検問は職務質問の前提として認められるとしても、自動車検問によつて得られる公共の安全と秩序の維持という利益のために、職務質問を受ける対象者に該当しない者の自由を制限しても已むを得ないと是認される場合でなければならない。このことは警察法第二条第二項が警察の活動は厳格に前項の責務の範囲に限らるべきであつて、その責務の遂行にあたつては、………いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならないと規定し、警察目的と責務の面から、警職法第一条第二項がこの法律に規定する手段は前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならないと規定し、警察手段の面から強く濫用を戒めていることから明らかである。これを詳説すれば、(イ) 自動車検問が許されるのは自動車を利用する重要犯罪に限られる。職務質問の対象者に該当しない多数の者の自由を制限しても已むを得ないと認められる程度の重要犯罪にかかわる場合でなければならない。(ロ) 自動車検問の必要性のある場合でなければならない。自動車検問をしなければ犯罪の予防、検挙が困難であると認められる場合であることを必要とする。(ハ) 自動車検問が犯罪の予防、検挙の手段として適切なものでなければならない。何ら効果のないことが明らかな場合に自動車検問を許容すべき理由はない。(ニ) 自動車利用者の自由の制限は最小限度に止めなければならない。自動車の停止はできる限り短時間に止めなければならないし、一台の自動車を数回に亘つて停車させることも厳に慎しまなければならない。これらの諸点を考慮して公共の利益のために自動車利用者の自由を制限してもむを得ないものと認められることを要するのである。
これを要するに前示第一乃至第三の制限のもとにおいて、初めて職務質問の前提として自動車の停止を求めることが許容され、適法であるということができるのである。さて前説示の基準に照らし本件の自動車検問か適法であるか否かを具体的に検討しなければならない。昭和三六年九月一一日警ら部長、刑事部長発信各警察署長宛の自動車検問実施についてと題する書面によれば、最近自動車強盗(乗客を装つてタクシーに乗車し、隙を見て運転者に暴行脅迫を加え金品を強奪する罪)が増加する傾向があるので同日より同月二五日(午後九時から午前三時まで)まで自動車検問を実施する旨の依命通達により実施されたものであるが、同月二五日に至つてもなお自動車強盗が続発しているので更に一五日間廷長された期間中(同月二六日午前〇時二〇分頃)に本件公務執行妨害被告事件が発生していること、前記依命通達によれば同年九月上旬だけでも自動車強盗が十件も発生していることが認められ、浜田不美男の原審における証言、西川武男の当番における証言によればタクシー業者の団体である大阪旅客自動車協会から自動車強盗の予防に関し積極的な要望があり、警察として自動車強盗の予防、検挙を計る具体的必要性があつたと認められること、自動車検問が自動車強盗の予防、検挙に有効適切なものであるか否かの点に疑があるが、西川武男証人もいう如く自動車検問を受けて警察官に顔を見られた者は自動車強盗を思い止まるのが通常であろうし、自動車検問実施中に銃砲刀剣類等の兇器を所持している者を現行犯人として検挙しているので、自動車強盗の予防措置として効果のないものとは思われないこと、本件の自動車検問を受けた当該自動車を運転していたタクシーの運転者橋本渉は原審公判廷において勤め先の大タク株式会社の営業部長より自動車検問を受けた場合は、これに協力するよう指示を受けていた旨証言し、少なくともタクシーの運転者との間には協力を期待できる関係にあつたこと、同証人及び、横路克則、森庄治郎等の原審公判廷における証言によれば、本件の自動車検問の方法は赤ランプを振り、警笛を吹鳴する等の方法によつたもので、物理的に停車を強制するという方法によつたものではないこと、中川巡査が赤色燈を廻して停車の合図をした際橋本が停車しなかつたのは同運転者が自分の車に対する停車の合図とは思わなかつたためであること、同証人らの証言によれば、横路巡査は橋本運転手に対しどこから来たのかと尋ね、次いで、被告人金長沢に対しては酔つておられるのですかと聞いたのみで強要的な質問は一切していないことをそれぞれ認めることができる。本件の自動車検問の特色は停車を求められた者がタクシーの運転者であり、停止を求められればこれに応ずるであろうことが予め予想されていたという点にある。しこうして、タクシーの場合自動車の運転は運転者にまかされているものであるから、乗客の意思を問題とする必要はないとも考えられるのであつて、これらの点に考慮をはらい、以上認定の諸事情を前記自動車検問の許容されるための前記第一乃至第三の条件にあてはめて考えてみると、すべてこれらの条件をみたしているものということができ、本件の自動車検問は適法であるといわなければならない。原判決が自動車検問は全く法的根拠を欠くものであると判示したのは前説示に照らし誤であることが明白である。しこうして自動車検問の法的根拠を警職法第二条に求め得る以上検察官所論のように警察法第二条にさかのぼつて論議する必要もない。
原判決が本件横路克則巡査らの行つた自動車検問は不適法であるとして公務執行妨害罪の成立を否定し単純暴行罪の成立を認めたのは法令の解釈適用を誤つた結果事実を誤認したものであり、その誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決中被告人金長沢に関する部分は破棄を免れない。
被告人申立の控訴趣意中事実誤認の主張について
よつて記録を精査するに、原判決挙示の関係各証拠を綜合すれば、被告人申が少なくとも未必の故意をもつて佐藤忠を射殺したことを優に認めることができる。すなわち相被告人金長沢、同前川の検察官に対する各供述調書によれば、被告人申が、原判示の日時場所で納屋の奥に逃げ込もうとしている佐藤忠の背後から同人の方に向けて拳銃を発射し、同人に命中させたことを認め得るばかりでなく、大村得三の鑑定書中佐藤忠の第七頸椎の上七センチのところに謝入口があり、略目の高さ又は腰上位の高さで被害者の左斜後よりピストルを発射し命中したものと推定される旨の記載、松倉豊治の鑑定書中の本件被告人申の使用した拳銃に本件銃弾を使用して本件被害者に本件の如き損傷を与え、本件の如く弾丸が変形して裂けるには、射撃距離が一米前後なる場合で直撃によつてこのようになると考えるのが妥当であり、その可能性、蓋然性は必然的にそうなるとするもほぼ差支えない旨の記載によつて客観的にも裏付けされているのである。弁護人所論のように引揚の合図と威嚇をかねて拳銃をもう一発発射しようとしたとき、拳銃の弾倉の回転が利かず、そのため引金が引けず発砲できなくなつたので、下方の地面を向けて操作中ピストルの弾が飛び出し、跳躍弾が佐藤忠に命中したものであるという所論は到底採用できない。記録を精査しても原判決がこの点に関し事実を誤認したという疑は全くない。
被告人咸寿鳳の控訴趣意中事実誤認の主張について
よつて記録を精査するに、原判示(同月一四日宣告の分)第三の四、五、第二の一の事実は原判決挙示の関係各証拠を綜合すれば優に認定することができる。すなわち原判示第二の一の事実についてみれば、被告人咸寿鳳は寺坂一美にも暴行を加える意思で、暴行の用に供するため、じようれんを持ち出し、同様の意思を持つている森隆史に渡し、同人において原判示の傷害を与えたものであるから森隆史との共謀共同正犯と認めるに十分である。第三の四、五についてみれば、原判示のように被告人申、朴泰俊らが二回に亘つて松尾繁方を襲撃した原因は、被告人咸寿鳳の父咸錫柱が些細のことで松尾広と喧嘩をし、その話をつけに来た同人及び寺坂一美と被告人咸寿鳳らがさらに喧嘩をし、同被告人が松尾広より日本刀で切りつけられ左手掌左前膊切創の傷害を負つたことにあり、被告人申、朴泰俊らはいずれも被告人咸寿鳳を応援するために集合し、同被告人の為に松尾繁の事務所を襲撃したものであること、柳川組に応援を頼んだのも同被告人であり、武器の収集にも尽力していること、二回の襲撃とも自分の若い者に命じて参加させ、道案内をさせていること等の事実に徴すると同被告人が被告人申、朴泰俊らの松尾繁方を襲撃した者と共謀して原判示第三の四、五の罪を犯したと認めるに十分である。所論に鑑み記録を精査してもこの点に関し原判決が事実を誤認したことを疑うに足る事由を発見できない。論旨はいずれも理由がない。
被告人吉田清人の控訴趣意について(事実誤認の主張)
よつて記録を精査するに、原判決挙示の関係各証拠を綜合すれば被告人吉田清人に対する第三の二(同月一四日宣告の分)の事実を優に認めることができる。ことに同被告人自らも松尾組を襲撃し或はこれを迎撃し松尾組組員等の身体に共同して危害を加える目的のあつたことは原判決挙示の同被告人の検察官に対する供述調書の記載によつて明らかであり、兇器の準備されていたことを知つていたことも同調書によつて認めることができる。所論に鑑み記録を精査しても原判決が証拠に基かないで原判示の事実を認定したという疑はない。論旨は理由がない。
職権をもつて調査するに、原判決(同月一四日宣告の分)は被告人園を懲役二年に処し、原審における未決勾留日数全部を右本刑に算入する旨の言渡をしている。ところが本件勾留関係記録によると同被告人は昭和三五年七月二三日殺人、傷害及び暴力行為等処罰に関する法律違反の被疑事実で岡本健裁判官の発した勾留状により大阪府東成警察署に即日勾留され、同年一〇月二一日なされた保釈決定に基づき、同月二二日釈放されたものであるが、労役場留置執行指揮通知書及び労役場留置執行変更通知書によれば同年八月一一日より四日間罰金不完納により労役場に留置されていることを認めることができる。このように労役場留置と重複する未決勾留日数は本刑に算入すべきものでないのにかかわらず、これを算入した原判決は刑法第二一条の適用を誤つたものであり、その誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決中被告人園に関する部分は全部破棄を免れない。
検察官の被告人申、同咸秀之、同咸寿鳳、同寺嶋、同前川、同中務に対する量刑不当の主張、被告人申、同咸秀之、同咸寿鳳、同金東吉の量刑不当の各主張について
検察官の所論は要するに原審の科刑は軽きに失したというのであり、被告人申らの所論は要するに原審の科刑は重きに失するというのである。
よつて所論に鑑み記録を精査するに、本件各犯行の態様、罪質、被告人らの果した役割、前科、非行歴の有無その他記録に現われた諸般の犯情に照らすときは、所論の被告人らに対する原審の科刑はいずれも相当と認められるので、論旨はいずれも理由がない。
よつて、被告人金長沢、同園、同折阪に対する量刑不当の主張に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条に則つて原判決中同被告人らに関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により次項のとおり判決し、その余の本件控訴はいずれも理由がないので同法第三九六条に則つていずれもこれを棄却することとする。
(罪となるべき事実)
被告人金長沢関係
原判決(昭和三七年二月二八日宣告の分)確定の第一、第二、一、二の(二)(累犯前科の事実を含む)のほか 第三、被告人金長沢は昭和三六年九月二六日橋本渉運転の乗用タクシーに乗車し帰宅途中同日午前〇時二〇分頃大阪市天王寺区石ケ辻町一六番地社会福祉会館前路上に至つたところ、自動車強盗の予防検挙のため自動車検問を実施していた天王寺警察署警ら係巡査横路克則の求めにより停車した際酔つているのですかと声をかけられるや、何をポリ公といいながらいきなり同巡査の顔面を殴打して暴行を加え、以て公務の執行を妨害したものである。
被告人折阪関係
原判決(同月一四日宣告の分)確定の判示第三、四のほか第一一、被告人折阪肇は業務その他正当な理由がないのに、昭和三五年五月二七日枚方市中宮四一九八番地松尾繁方において、あいくち類似の刃物であみ刃渡り一三糎の白鞘付き小刀一本(昭和三七年当庁押第二八〇号の八)を携帯していたものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人金長沢の原判示暴力行為等処罰に関する法律違反の点は同法第一条第一項に原判示傷害致死の点は刑法第二〇五条第一項、第六〇条に、原判示銃砲刀剣類等所持取締法違反の点は同法第三条、第三一条第一号に、前示認定の公務執行妨害の点は刑法第九五条第一項に各該当するが、暴力行為等処罰に関する法律違反、銃砲刀剣類等所持取締法違反の点につき何れも懲役刑を選択し、原判示の前科があるので刑法第五六条、第五七条、第五九条を適用して傷害致死の罪については刑法第一四条の制限に従つてそれぞれ累犯の加重を施し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条第一〇条により重い傷害致死の罪の刑に同法第一四条の制限に従つて法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役三年に処し、
被告人園の原判決確定の事実に法律を適用すると、原判示傷害致死の点は、刑法第二〇五条第一項第六〇条に、脅迫の点は同法第二二二条第一項に該当するので、脅迫の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条但書第一〇条により重い傷害致死の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処し、
被告人折阪の原判示傷害致死の点は、刑法第二〇五条第一項、第六〇条に、前示認定の銃砲刀剣類等所持取締法違反の点は同法第二二条、第三二条第一号に各該当するので、同法違反の点につき所定刑中懲役刑を選択しし、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条但書第一〇条により重い傷害致死の罪の刑に法定の加重を施し、情状憫諒すべきものがあるので、同法第六六条、第七一条、第六八条第三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で同被告人を懲役一年六月に処し、なお情状に鑑み、同法第二五条に則り本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、
同法第二一条を適用して、被告人金長沢同折阪に対して原審における未決勾留日数の全部を、同園に対し同日数中より四日を控除した日数をそれぞれ右各本刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条、第一八二条を適用して主文末項記載のとおり言渡をする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長判事 児島謙二 判事 畠山成伸 判事 松浦秀寿)